苦しむ母を見るたびに痛んだ心

モラハラ・DVエピソード【幼少編】

私が物心付いたときから保育園を卒業する幼少期のモラハラとDVエピソードをまとめた体験談です。

 

殆ど残っていない当時の記憶から、印象にある面前ドメスティックバイオレンスとモラルハラスメント体験を記載しましたが、

 

こうやって幼いころを思い出しても、母親に対する親父の行動は全く変わっていません。

 

記事は1979年~1986年にかけての出来事です。

幼少時

あれ以来「行きはよいよい帰りは恐い」が口癖に

保育園年少(5歳)の時の面前DV体験談。埼玉県春日部市にある母の実家に初午祭りを見にいった帰りに起こった話です。晩御飯を無理やり用意させた親父は、腹の虫が納まらず母の顔を殴ったのです。私は当時5歳だったため怒鳴り声に怯えて耳を塞ぐしかありませんでした。
幼少時

「空腹で泣き疲れて眠る幼い私」と「徹夜で働く母」

私が赤ん坊の頃、母親(当時29歳)は一人で仕事をしていました。親父も当然いましたが「ある事」にのめり込み、まったく働かなかったのです。そのため、母は朝早くから夜遅くまで、時には徹夜をして家計を守ろうとしましたが、その姿はモラハラ親父には届きません。仕方なく話し合いをする母ですが、意見をしても返ってきた言葉は・・・。
幼少時

妊娠中の母とお腹の私にモラハラ夫が放った信じられない一言

母が27歳の時、夫である親父が陣痛で苦しんでいる母親に対し親父が放った一言は、人としての常識を疑うものだったのです。さすがに病院の先生も驚き次は必ず救急車を呼んでくださいと注意されたとか。もしかすると私は生まれていない可能性だってありました。
幼少時

暴れる親父をどうすることもできず家を飛び出した幼い私は・・・

目の前に住んでいた友達との思い出や、そのお母さんに助けを求めた時の話を書いた記事です。私がまだ小学校に入学する前ですが、母に対してのDVが日常的に行われていたのがわかります。