これは私が中学校2年生だった1993年7月11日に起きたモラハラと面前DV体験談です。
モラハラ加害者は被害者が一人で外出する事を極端に嫌がります。
我が家も同様、母は結婚後一度たりとも一人での外出を許されませんでした。
しかし、当時役員をしていた「PTAの日帰り旅行に行きたい」とダメ元で父に旅行参加を相談したところ、なんと外出許可が下りたのです。
意味不明な理由で激怒したモラ夫
帰宅すると「子供にチャーハンなんて食わせやがって!」と激怒された母。
出かける当日の様子はこうでした。
「お母さん結婚してからお父さんに出かけていいって言われたの初めてだよ」
そう子供たちに嬉しそうに語る母の表情は今でも覚えています。
それでも子供や父に迷惑をかけないように、家事を済ませお昼ごはんにチャーハンを作って出かけていきました。
私と弟・妹は「よかったねお母さん。今日は楽しんできてね」
そういって見送ったのですが、チャーハンを理由に怒鳴られぶん殴られたのです・・・。
外出は許可していないと意味不明な事を言う父
夕方18:00頃に帰宅した母は「ご飯を作る時間が無いから夕食を食べに行こうよ」と家族を誘います。
しかし父はいい顔をしません。それどころか、
「食いに行かなくていい。それよりさ、てめーだけいいもん食ってきたクセに、子供にはチャーハン?ふざけるんじゃねーよ。旅行だってオレは許可した覚えはねーぞ!」
と意味不明な事を口に出し怒りだしたのです。
「え!?何日も前に行っていいっていったじゃん。」驚いて母がそういうと、
「つべこべ言うんじゃねー!」と自分の言った事には何も触れずに激高。
テーブルをひっくり返し、私と弟の前で母の頭をつかんで10発も殴ったのです。
殴られた痛みと恐怖で母は立ち上がることすらできず、床に寝そべったまま私と弟に小さな声で力いっぱい叫びました。
「助けて~」と・・・。
それを着た私と弟が「ヤメロ!」と叫ぶと、父親はDVをやめ肩を上下に動かしてゼェゼェと激しい呼吸をしながらその場に座り込みました。
父親が怒った理由を考えると一つの結論に至りました。
それは・・・。
モラハラターゲットが離れるのが許せない
- 何日も前から旅行の許可は得ていた
- 当日は子供の昼食を用意し家事もこなしていった
それにも関わらずなぜ父は激怒したのか?
その理由は、モラハラターゲットである母が手元から離れるのが許せないからです。
普通の人には信じられないかもしれませんが、モラハラ夫は例え1日であっても支配下に置いたターゲットが居なくなるのを嫌がります。
しかし、ターゲットに弱みを見せたら支配できないということだけは分かっているので「オレはお前がいないと寂しいんだ」とは口が裂けても言いません。
当日は朝から不機嫌だったモラハラ親父
旅行当日は天気に恵まれ「行って来ます」と嬉しそうに出て行く母を見送り、私と弟は発売したばかりのストリートファイター2ターボで遊んでいました。
時間を忘れて対戦しているといつの間にかお昼になったので、母が作り置きしてくれたチャーハンを食べることに。
この日はパチンコ行かず珍しく家にいた父。ただ、いつもと違うのは朝からずっと不機嫌だったということだけ。
それでも子供の私達に無理な要求をしなかったので安心していましたが・・・。
母が気に入らないのに離婚しない父
「毎日毎日なぜこんな事を繰り返すんだ?お母さんが気に入らないのなら離婚しろよ!」
あまりに理不尽な父親の行動と発言に離婚を勧めた私が、
「お前なんか必要ない。お母さんはオレ達が守る」
と怒りをぶつけると
「バカな事いうな。オレと離婚したらこいつが独りで生きていけるわけねーだろ?」
と支離滅裂な言い訳ばかりして話になりませんでした。
なぜ結婚した?の問いに「仕方なかった」と答えた
「離婚したら生きていけるか行けないかなんて親父に関係ねーだろ?」
「毎日お母さんを殴ってるけどさ、お前なんで結婚したんだよ。言ってみろよ」
そう問うと親父は
「仕方なかったんだよ!」
とまた意味不明な答えが返ってきました。
「お母さんはお前が選んだろ?仕方ないってどういうこと?それにお前の方が経済的に余裕が無いことはわかってるんだけど。それなのにどうして上目線なの?」
すると
「変なことばかり聞くやつだな~。ヘッヘッヘ」
開き直って私を笑った事がどうしても許せず
「お前は本当にバカだな。」
と更に言い返すと、追い詰められたのと思ったのか
「もういい。この話は終わりだ。これ以上言うことは無い」
と言い残しただけで母や私達に謝ることは無かったです。
家族に暴力を振るい謝罪しないのは許されることではありませんが、
モラハラ加害者は自分の非を認めないので、どんなに酷い事をしても絶対にあやまりません。
こんな父親の元に生まれてきたくなかった
貧乏でもいい。毎日笑って楽しく暮らしたい。母親が殴られるのを見るのはもう嫌。
そう願っているのに加害者の父親はそれをことごとく打ち砕き、自分が思ったとおりにだけ生きようとします。
いつも怒鳴る父親が嫌で嫌でどうしようもなくなり、
「お前のような父親の元に生まれてきたくなかった」
と怒鳴りつけた瞬間、これまで思っていた事が爆発して涙が溢れてきました。
中学2年生にもなって親の目の前で泣くのは恥ずかしいことですが、目の前で痛めつけられた母を見ると涙をこらえる事ができなかったです。
隣で弟も泣いていましたが、父は何も言わず寝室へと消えていき朝まで起きてきませんでした・・・。
子供は親を選べない
子供が親を選べたとしたら、私の家には誰も生まれてこないでしょう。
しかし、母を守れるのは私と弟と妹だけです。
「こんな家に生まれてきたくなかった」と言った時は無言でしたが、
翌朝「苦労ばかりかけて本当にごめん」と母に謝られました。
ですが、
「いいんだよ。確かに生まれてこなければ良かったけど、お母さんの子供に生まれてきたからお母さんを守れると思ってる。」
「それにさ、親父みたいな人間になったらダメだってお母さんよく言ってるでしょ。」
「もしオレも弟も妹もお母さんの子供じゃなかったら、親父みたいになってた可能性もあるし。」
「だから謝らなくていいよ」
そんな話をしてから学校に向かいました・・・。
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