苦しむ母を見るたびに痛んだ心

パソコンインストラクターに転職できた2002年

この記事はマイナス思考で「自信も運も無い」5年間の製袋工場勤務の続きです。

 

5年間勤めた製袋工場を2002年1月に退職した23歳の私。

 

「何も考えずに仕事を辞めたの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、「当時はあのイヤな空間から抜け出して身軽になりたい」という一身でいたのでとにかく辞めたいという気持ちしかなかったのです。

 

しかし、ただ退職しても無職になるだけ・・・。無気力でネガティブなことばかり考えていたプー太郎期間を経験しているだけに、例え無職であっても目標を持たなければと考えていました。

 

このページには、製袋工場を辞めてからパソコンスクールを卒業するまでの過程を書いています。

親父と同じ汚い手にはなりたくなかった

機械で油にまみれた手

これが会社を辞めた当時の私の心境です。

 

親父と同じ製造業界で働くのが気に入らなかった・・・。

 

皆さんは親御さんと同系列の職種で働くことに抵抗はありませんか?一緒に仕事の話が出来るから良い?

 

勿論そう思います。ですが、私は・・・、

 

仕事が終わると油で真っ黒になった手で帰宅する親父を見て、「なんて汚い手だ。あんな手になりたくない。大人になったらスーツを着たかっこいいサラリーマンになるんだ!」

 

と子供心に思っていたのです。

 

得にイヤだったのが油が取れなくなった爪。あの爪を見るのが本当に嫌で嫌で仕方なかったです。

 

例え油で手が汚れても、仕事を続けていけるような環境であれば耐えることは出来ましたが、社員をこまとしか考えていない会社の方針も気に入りませんでした。

 

ただ、何かスキルを身につけないと次の仕事は決まらないのは分かっていたので、工場勤務の傍らコンピュータのスキルを身につけてIT系の会社に転職しようと・・・。

 

そのためには、スキルを身につけなければと考えて、会社在籍中から東京都豊島区池袋のパソコンスクールに通っていたのです。

 

私と同年代の方はお分かりかと思いますが、2000年当時はインターネットが各家庭に普及しはじめた時代で、パソコンを使える人も限られていたため、プログラムなどのITスキルはとても重宝されたんですよね。

 

もちろんIT系の求人はITバブルが始まる前でとにかく多かった。

 

皆さんも覚えていませんか?パソコン本体やADSL回線のCMがバンバン流れていたのを。

理解していたけど無職で塞ぎこむ毎日

無職で塞ぎこむ日々

例え目標があっても、マイナス思考の人間が仕事を辞めるとどうなると思いますか?

 

そうです。将来は大丈夫なのか?とものすごく塞ぎこみ心配になります。

 

更に私の場合は、無収入 → 親に怒られる → 焦る → 資格を取れないかも → 年齢が重なる → 就職できない → もうダメだ・・・

 

と結局悪い方向へと考えをめぐらせてしまうのです。

 

私の母親は世間体を気にする性格で、「近所の方に見られたら困るし、昼間からウロウロしていないで早く働きなさい」と説教するのが口癖になっていました。

 

そりゃそうですよね。昨日まで働いていた息子が、目的はあるといえど昼間から家にいることが多くなったんですから。

 

しかし、当時の私は仕事を辞めて無職だったため、資格を取る道しか残されていませんでした。それしか道はないと思っていたのです・・・。

 

ところで、皆さんはパソコンスクールに通ったことはありますか?

 

ない方のために説明すると、ワードやエクセルは勿論のこと、プログラミングやネットワークの資格を習得できる学校です。

 

東京モード学園などの有名な専門学校もありますが、私が通っていたのは短期間で資格が取れるスクール。

 

そのため時間割など無く、自動車教習所のように自分の好きな時間に通学できるので、働いていた私にはすごく便利でした。

無職で貯金を切り崩す生活。源泉徴収もあった

貯金が無くなって焦る

退職時の貯金はおよそ100万円。

 

皆さんは手元に100万円があったらどれくらい暮らせると思いますか?

 

半年?一年?一人暮らしの方はあっと言う間になくなってしまうのは想像できるでしょう。

 

しかし、親元で生活していた私でも、住民税や国民年金などを支払っていくうちに、いつの間にか貯金は50万円を切っていました。

 

仕事をしているときは毎月お給料がいただけて、税金も会社が自動的に支払ってくれるため無関心でしたが、無職になると税金や健康保険など自分で手続きして加入しなければならないものが多く、本当に大変なんですよね。

 

源泉徴収とか始めてやってみたけど、こんなの2度とやりたくない。

マイナス思考でも「何とかなるさ」と楽観的な考え

マイナス思考と楽天的な考え

私の性格は何でも悪い方向に考えてしまう極度のマイナス思考。

 

しかし、詰めが甘く大事なところで何とかなるだろうと考えてしまうところがあります

 

実は仕事を辞めた時に「100万円の貯金があるから、頑張れば資格も取れて就職できるはず!」と自分で勝手に思っていました。

 

しかし、プログラムをはじめとするIT系の資格は考えて答えを導き出さなければならないことが多く、これまで暗記勉強しかしたことがない私には苦労の連続。

 

更に、普通自動車免許の取得とは全く異なる勉強方法に戸惑い、自分の理解能力の無さにガッカリし、時間だけが過ぎていく毎日。

 

そして、銀行で貯金を下ろすたびに残高が減っていく預金通帳を見ると、無職になったことを後悔し、「もっと貯金してから退職すれば良かった」と過去を振り返る悪い癖が出るのです。

 

「やっぱりオレに資格取得なんて無理だ。でも学費は返してもらえないし。このままどうなるんだ・・・。」

 

と、どんどん暗くネガティブな考えに陥ることに。

 

しかし、ここで大きな転機が訪れます。

転職の運気到来。パソコンインストラクターやってみない?

インストラクターの求人に応募

前職を辞めてから半年以上が経過した2002年6月。貯金額は40万になっていました。

 

早く資格を取って仕事を探さないとと考えながら、いつもどおり朝7:00に起床して朝食を取り、東武野田線で大宮へ。

 

大宮駅の長い階段を登り、JRの改札で切符を買って、また階段を下りて埼京線の地下ホームから、8:57発りんかい線直通新木場行きへと乗り込む私。

 

「この満員電車に揺られて会社に行く日は来るのだろうか」タメ息を付き、大勢のサラリーマンに混じって池袋駅で電車を降りて、サンシャイン通りの手前からパソコンスクールのある雑居ビルに到着。

 

エレベーターで5階に上がり、受付の方に生徒証を提出。ここまではいつもの光景です。

 

しかし、次からいつもとは違います。

 

いきなり、「○○さん。パソコンインストラクターやってみませんか?」

 

一瞬何を言っているのかと思わず「え!?」っと聞き返した私に、

 

「今度、新校舎を作るんですが人が足りないんで良かったら○○さんもウチの社員として働いてもらえればなと思いまして。」と声を掛けられたのです。

パソコンインストラクターは将来性が無い

ITインストラクターの将来性は無い

入社前のアドバイスとして、

「インストラクターって将来性がある職種ではないので、これから先はどうなるかは未知数ですが、我々としては会社を大きくするために色々なプランを考えている最中です。

 

もし、○○さんが将来性を気になさるようでしたら、この話は蹴っていただいても結構です。」

 

と、今後についても話をしてくれました。

 

パソコンスクールインストラクターの今後について、経験者目線で記事を書きましたので興味がある方はご覧ください。

パソコンスクールでは働くな!その理由を教えます
東京都内のパソコンスクールへ入社することになった23歳の私。インストとして仕事をやり始めてパソコンスクールの内情が分かってくると、高い授業料を払ってまで通う必要が無いことに気付きました。この記事はパソコンインストラクター経験者の目から見た年収や、どうして教室に入学してはいけないかを『元インストラクター経験者』が書いています。

将来性より無職からスーツを着た仕事に転職できたことへの喜び

無職からインストラクターへの転職が決まった瞬間

記事を読んでいる方は、パソコンスクールインストラクターの就職は怪しい話だと思いましたか?

 

通っていたのは関東でも大手のスクールで実績もあり、評判も非常にいい会社。

 

でも私は怪しさを覚えるより先に、「やった。これで仕事が出来る!しかも子供のころからあこがれていたスーツを着た仕事だ!」とテンションが上がってしまいました。

 

ただ、気になることが・・・

 

「とてもありがたい話です。でも僕はまだ資格も持っていませんし、インストラクター経験が無いですが、大丈夫なんでしょうか?」

 

と聞き返すと、「それは全然心配しなくていいですよ。インストラクター経験が無くても研修がありますし、社員になった後も資格取得は継続してもらえれば大丈夫。」と言われたので、

 

「分かりました。是非お願いいたします!」

 

とその場で返事をして面接を受けることに。

 

しかし、履歴書の他に職務経歴書を提出して下さいと言われたののの、書いた事がなかった私。

 

「職務経歴書の書き方が分からないんですが・・・」とインストラクターの方に相談すると、目の前でインターネットを使って検索してくれたのです。

 

このインストラクターの経験がもととなり、今でこそ殆どのことを検索できるようになった私ですが、2002年当時は、ネットで検索できることすら知りませんでした。

 

そんなこんなで履歴書と職務経歴書の準備が整い、面接の日がやってきたのです。

和やかな雰囲気で行われた採用面接

面接官と私

通っていたパソコンスクールの社員さんは本当に良い人ばかりで、採用面接も緊張することなく終わりました。

 

聞かれた内容は、

  • 取得予定の資格
  • 自宅から勤務先までの通勤時間
  • 休日の過ごし方
  • 会社の雰囲気

こんなところです。

 

聞かれる項目が極端に少ないのは、通学時から理解度や人間性をチェックして採用候補生を探しているため。

 

無事採用され、2002年の8月からインストラクターとして仕事を開始しました。

 

給料”減”、勤務時間”増”。でも最高の人間関係

給料より人間関係

パソコンインストラクターってどんなイメージがありますか?

 

パソコンのことは何でも知っている?丁寧に教えてくれる?高給取り?

 

仕事なのでパソコンに関する技術はあるに越したことがありませんが、はっきり言って給料は安いです。

 

日中は私のように資格取得を目指すフリーター、そして夕方から夜にかけては仕事帰りのサラリーマンが通うこともあって、勤務時間は朝10:00~夜21:00までととにかく長い拘束時間。

 

交通費は全額支給でしたが、手取りで18万円程。23歳独身の私には十分すぎるほどの金額でしたが、ITスキルを持っているからといって決して高くはありません。

 

もしインストラクターへの転職を考えている方は、お給料についてしっかりと調べましょう。

 

でも私は給料以上にこの会社に満足していました。

 

それは人間関係です。

 

前職の製袋工場は他人に関心が無い人間の集まりでしたが、転職先は周りのことをしっかり考えられる人間性ができた人たちの集まりでした。

 

得に上司たちは自分の仕事をこなしつつ、私達部下のことも真剣に考えてくれる。

 

更に、社員の能力を伸ばすためにはどうすれば良いのかなど、人材を大切にする会社だったため、給料の少なさよりも働き甲斐を見出しやすかったのが続けられた理由です。

油にまみれない手。将来の夢を達成できた自分

子供のころからの夢を達成

良好な人間関係が保てると同時に、安定した収入も望めるという私の理想的な会社に入社できたのをきっかけに、いつものネガティブな気持ちは姿を表さなくなりました。

 

また、機械の油で手が真っ黒に汚れることもありません。「スーツを着たサラリーマンになりたい」という子供の夢を達成できた訳です。

 

続いてはパソコンインストラクターになってからの出来事。

評価してモチベーションを上げてくれた元ヤンキー上司(26歳)
製袋工場を退職した私が選んだ就職先はパソコン教室のインストラクター。もともと自分が正しいという傲慢で空気が読めない性格だった私は仕事で苦労することになったのですが、それを修正してくれたのは元ヤンキーだった上司だったのです。
mamoritai

【私について】
私はしっかり者の妻と9歳と7歳の男の子を持つ39歳の父親で、
今は家族に恵まれ幸せな毎日を送っています。

しかし、そんな私は幼いころから父親が母親にDVをする姿を見て
毎日怯えて泣きながら育ちました。

また、父はモラハラ体質で、
現在も母に心無い言葉や罵声を浴びせ続けています。

そんな家庭環境で育ったせいか、
自分に自信が無く、常に周りからどう思われているか?
などを気にする性格になってしまいました。

また、自分もモラルハラスメントをしているという自覚もあります。

これはそんな私が幼いころから見てきた
DVやモラハラの話を書いたブログです。

生年月日  1979年9月
出身地   埼玉県
性格    マイナス思考
趣味    ドライブ
得意なこと ものまね
学歴    高卒
仕事    会社員

【家族構成】
兄弟   弟と妹の3人兄弟
父親   モラハラとDVをするクズ
母親   被害者

よろしくお願いします。

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モラハラ・DV親父を持つネガティブ息子(39歳)

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